August 29 2024
「唐津焼」とは? 特徴や魅力、窯元や陶器市情報
唐津焼の起源と歴史的変遷
唐津市は、佐賀県北西部の位置にあります。そのエリアで作られる唐津焼は、桃山時代から続く歴史を有する伝統工芸で、その起源は1580年代頃、岸岳城城主波多氏の領地で焼かれたことにさかのぼります。豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、朝鮮陶工を連れて帰り、その技術を導入することで唐津焼の生産が増加しました。
唐津焼は、唐津港から西日本に広がり、焼き物を総称して「からつもの」と呼ばれました。特に茶道の世界では、「一井戸二楽三唐津」という言葉があり、これは茶人たちによって愛される茶陶として唐津焼が確立されたことを表しています。
江戸時代には、唐津焼は藩の御用窯として伝統を維持しましたが、明治以降はその庇護を失い、衰退の兆候が見られました。しかし、人間国宝である中里無庵が桃山から江戸時代初期の古唐津の技法を復活させ、再び隆盛を取り戻すきっかけとなりました。その結果、作り手の数が増加し、現代的な感覚を取り入れた作家も登場し、現在では唐津市内には約70の窯元が存在しています。
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唐津焼焼の魅力
唐津焼の魅力は、まずその多様性にあります。土の性質や釉薬、技法などが異なるため、様々なスタイルやデザインの作品が楽しめます。他の産地に比べても、唐津焼はその豊富なバリエーションが特徴です。
また、唐津焼は粗い土を使用しています。この粗い土が土の温もりや味わいを感じやすくし、温かみのある器が多く生まれます。土本来の特徴が表れ、それが作品に独自の魅力を与えています。
シンプルなデザインでありながら、幅広い用途に使えることも唐津焼の魅力です。日常の食事から茶道まで、様々な場面で活躍し、使い勝手の良さが特徴となっています。
また、唐津焼は作り手と使い手との結びつきが強調されています。作り手があえて未完成のままで作品を仕上げ、使い手が自らの手で使いながら変化を楽しむことができます。作品が使われることで初めて完成されるという、特有のアプローチが魅力の一つです。
唐津焼の釉薬と技法、その特徴
絵唐津(えからつ)
鬼板と呼ばれる鉄溶液で、草木や花、鳥などの模様を描き、それに釉薬をかけて焼き上げる技法。緻密な描写が施され、絵画のような美しさが特徴です。
朝鮮唐津(ちょうせんからつ)
黒色の鉄釉と乳白色の藁灰釉を使い、釉薬の掛け分けにより独特の表情を生み出す技法。朝鮮の李朝三島の技法を取り入れており、独自の風合いが楽しめます。
三島(さんじま)
朝鮮の李朝三島の技法に基づき、印花紋や線彫などの文様を施す。装飾が凝縮されたデザインが特徴で、繊細な仕上がりが魅力です。
斑唐津(まだらからつ)
鉄分の多い土に藁灰釉を掛け、焼くことで表面に青や黒の斑紋が現れる技法。斑模様が土の風合いを引き立て、奥行きのある表情を生み出します。
粉引き(こひき)
半乾きの素地に化粧土を掛け、さらに灰釉などを掛けて焼く技法。粉のような質感が特徴で、シンプルでありながら独自の趣が感じられます。
唐津焼の代表的な窯元
隆太窯
唐津を訪れる際には、必ず挙がるべき場所の一つが「隆太窯(りゅうたがま)」です。唐津焼を代表する窯として知られ、中里太郎右衛門十二代の五男である中里隆さんが開いた窯です。現在は、息子である太亀さんとともに器づくりを続けています。
土平窯
平窯は1980年に藤ノ木土平さんによって開窯されました。現在は、藤ノ木陽太郎さんとの親子二代で、土平窯の作家として精力的に活動しています。窯元では、薪窯の炎が生み出す焼き色に特にこだわりがあります。全ての本焼きは登り窯で焼成され、その独自の焼成技法が土平窯の作品に特有の風合いを与えています。また、年に一度のペースで、自然釉の穴窯も焚かれており、異なる焼成方法によって生まれる作品も楽しむことができます。
現代の唐津焼
唐津は若い陶芸作家からも人気のある産地です。現代の作家により生み出された新たな技法が、唐津焼を現代の食卓でも魅力的な焼き物にしています。
唐津焼の陶器市ー唐津やきもん祭り
唐津焼と地元の豊かな食材を結びつけ、食と器の調和を楽しむ「唐津やきもん祭り」は、唐津市中心市街地を舞台に様々なイベントが繰り広げられる魅力的な祭りです。毎年春の大型連休に開催されます。
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